橘の家

「橘の家」は、アトピー性皮膚炎患者である30代の女性とその夫、および親夫婦のための２世帯住宅の建て替えである。皮膚炎発病のきっかけは、高校生の時の子供部屋の増築で、一時は外出不可能、社会生活が困難という重症であったが、現在は、食事療法と、外用薬により、通常の生活を送っているという。極力化学物質を排除し、安心と安全の中で、心地よく安らげる住宅が、何より求められた。
敷地は、丘状の住宅地の一番上に位置し、北側に栗林が連なる。敷地状況から、開放的な空間構成によって、外気を通すことで、室内環境が向上されるように意図した。特に、建築の一角に屋根付のデッキテラスを組み込むことで、雨天の時も、窓を開け放ち、内外を一体利用できるようにした。
設計が進み、具体的に、建築材料を吟味していく中で、改めて、建物が化学物質に囲まれていることに気づかされた。最近では、仕上材については、様々な自然素材がでているが、合板、断熱材、接着剤など、必須な材料については、選択に困った。
使用量が多いため、高価な材料を使う訳にもいかない。結局、コストと危険度のバランスの中で、建主と相談しつつ、一つ一つ、仕様を決めていった。
合板については、ホルムアルデヒド放出量が０の合板（商品名Ｆ０合板）を探し出し、それを使うこととした。それでも、メーカーに聞くとホルムアルデヒド以外の化学物質については、ゼロとは言い切れないという。未知の危険の中での、より安全な選択ということである。断熱材も、自然素材となると、非常に高価となる。
古紙再生による断熱材も検討したが、インクの化学物質が危惧され、結局、有害物質の発生が少ないポリエチレンパネルを使用することとした。
外壁材は、サイディング張りは、コーキングを前提とするし、意匠上も好ましくないということで退け、モルタルは吹付材に有機溶媒を含むので不可という中で、最終的には、吹付材不要の、シラス火山灰を使用した佐官材を選んだ。自然素材故の汚れやすさや防水性に配慮し、軒の深い外観デザインとした。
シロアリ駆除は、人体に害のない木酢液＋ヒバ油塗布による駆除とした。この方法は、数年の効果しか期待できないため、点検と再塗布のため、床下を十分確保する必要がある。結果として、床下通風を確保でき、外壁際の水跳ねによる土台の腐食も防げるので、建物の寿命ものびると判断した。深い軒・高い土台など、在来の日本家屋の造りに近づくこととなった。
施工に当たっては、各業種の方々に化学物質を排除する目的を伝えた。材木店の方から知ったのは、通常の木材は防カビ処理がしてあることで、この現場では、無処理材を入れることとした。工事中に、柱梁の表面に若干、カビが発生し、サンドペーパーで落とすこととなった。
接着剤は、リボス社の製品を使うこととし、事前に建主に嗅いで頂き、問題ないことを確めた。大工さんからは、接着力に不安があるとの意見があり、仕上材も含め、木部はすべて釘止めを基本とし、接着剤は、仮止め用として、使うことになった。工事の最終段階で登場した家具職人の方が、昔は、「そくい」という米で作った糊を使ったといい、接着力も十分あるというので、最も安全な接着剤として、その方法で家具をつくることとした。
竣工２カ月がたち、建主から、近況報告があった。快適に住まわれており、アトピーの症状も改善してきたという。デッキテラス面のの窓は、雨天の日も終日も開け放し、広がりのある空間の中で、ゆったりと過ごすことが、精神的なストレスの低下につながっているとのことである。
かつて、子供室の増築という喜ばしいはずのことが、凶器となって住まい手に襲いかかってきた。その家を撤去した上に建てられたこの住宅の中で、建主が、健やかに安らぎつつ、住まわれることを願っている。
http://www.ne.jp/asahi/prime/nishijima/tachibana.html

掲載誌
「建築家と造る、家族がもっと元気になれる家」
(講談社＋α文庫　07/9/20発行)