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建築家トップ > バルセロナ便り > 第323回

実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る


ガウディコード=感性=芸術

ガウディは誕生の門について
「皆、自分達のものが教会で見られる。農民は牡、雌の鶏を見分け、科学者達は星座、神学者はイエスズの系図、しかし説明や理由はその構成によって理解し口外してはならない。」
という言葉を残している。
これはガウディ・コードの一部の説明でもある。つまり感性に関わる要素がガウディによる建築演出であるということだ。しかもそれらは人によって解釈が違うアートにもなるということだ。初めてガウディの作品を見た時と、その後に実測や作図をすることでそれまでには見えていなかったことに気がつくようになる。「感性の成長」である。それで社会を見ると地域によって全く逆のこともありえることに気がつくこともある。
つまり人の解釈というのはデリケートであり地域社会や国が変わるともっと違うということにも気がつく。
そこで芸術の世界を堪能するにはどうあるべきかを考えさせられる。

さらに建築には技術や科学的な思考も必要となる。
またガウディは科学に対しても
 「科学は、ときとして金塊のように非常に重く利用しにくいが利用はできる。芸術を分類し取手をつけたりして利用しやすいようにする。芸術は科学を豊かにする」
というように科学と芸術の特性を見極めて利用していることにも気がつく。

そしてモノの価値についてもガウディは
「本当の価値は、人生の僅かな苦労に大きな価値を与える。死ぬまで続く。そして大きな目標のあるものは強い痛みを覚える。 魂が細く砕かれ不満足となるが、その後は素晴らしくなる」
つまり作品というのは解釈次第であるということを知った時、固定概念を取り除くこと
で、さらなる世界が見えてくると。

通常であれば因襲的な生活と考え方でこの世の中にいつの間にか慣れてしまっている。ところが感性の世界は個性が解放されていることに気がつく。つまり世俗的な見方では理解できないこともあるということになる。
例えばカサ・バトリョのファサードの壁面を初めて見た時「大変な装飾だ」という印象であった。それが10年後に再度見た時にはすでにその印象が変わっていた。もちろん作品は変わってはいない。しかし見る側の感性・視点が時間と経験によって変化することを自覚する。

「ガウディの芸術論というのは生活を豊かにする」ことが目的でもある。つまり芸術=感性というふうにみるとその世界を楽しめるような演出をしているということになる。従って私は「コードも感性である」として考えると、コード=感性=芸術ということになると思えるようになった。つまり芸術を考えることは、コードを考える時と同じで、自分の感性で見ることによって無意識のうちにコードの世界に入ってきているとみている。

固定概念や既成概念を削除した世界が果たして常識はずれなのかと考えると、一見そうは見えても実際は、その世界もある。つまり二律背反的な楽しい世界もありえると思えるようになった。
それが神話、歴史、アイデンティティー、地域性ということではないだろうか。例えば神話の話が建築に演出されているということになるとその方法を知りたくなる。日常では見かけるようなシーンではない。でもそれが現実の建築の世界にしかも抽象的に表現されているとするとどうだろう。

例えばカサ・バトリョの一階のファサードの中央二本の柱は、伝統的な柱の形になっていない。そこでどうしてガウディはそのようなデザインをしたのだろうかということになるのだ。
     
田中裕也氏プロフィール
 
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