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実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る


23年越しのガウディ・コード

もう一人の自分を見つけることで心理的には多重人格者と思われるかもしれない。実際には人間というのは紆余曲折した人生の中で、経験次第で精神構造に変化をもたらしより面白い世界を創造できるような頭脳を持っている気がしている。つまり、これまでの人間社会と歴史がそれを証明しているのだ。原始時代には考えることができなかった量子コンピューターが作られるようなった今日、AIによるロボットまで開発されてきた。これから先の数万年後にはこれまでの数万倍の勢いで物事が変化する。つまり人間の寿命を100年とすればその時には100倍の発展があるということにもなる。
しかも今の時代は化石化してしまうということになる。
その中で人生のあり方を考えた時に、それぞれの個性が発揮できるような社会となることで、より豊かな社会となるように思えてならない。個性にあふれた人間の社会をAIがコントロールし、そのAIを人間がコントロールすることで社会の秩序が形作られる。つまり人々が自分達の個性を理解し、さらにもう一人の自分を見つけてさらなる発展を続けると、これまでの量子コンピューターを作り上げた人を超越する人間達も現れるということになるからだ。
人間は一生において10%以下の頭脳しか利用していないというが、これからもう一人の自分を見つけて10%の能力を発揮すれば、20%以上の能力を発揮するようになるのかもしれないと思えている。
自分が生まれ育った故郷とは違う環境での生活といのうは、それまで思いもしない世界での思考活動となるわけだから、さらにもう一人の自分を見つけるチャンスになるだろうし、それ以上の効果が見える可能性を秘めているということだ。
「子供には旅をさせろ」とよく言われていたが、全くその通りである。そのようにしてこれまでの文明が築かれてきたのだ。
私はスペインでの生活が45年以上である。見えてきたのは確実に故郷で見えていた世界ではありえないもう一つの世界。自分の発見というよりもう一人の自分の発見であり、さらに3人目の自分というのがある気がしている。それは「原自分」と「もう一人の自分」そしてその両方も知ることができる「第3の自分」ということだ。
昔「第3の男」という1949年の映画があった。私はその映画は見たことがないが音楽だけは何度も聞いたことがある。イタリア的な音楽だがウイーンを舞台にした第二次世界大戦後のミステリアスな映画で、確かオーソンウエールズが主役であったはずだ。死んだはずの人が生きていたというストーリーでドラマが展開している。
私もガウディ研究に入り込んだ45年前は切腹した気分での決断という表現を自分でしていたことに気がつく。つまり死んだはずの自分が新たな姿で生き続けていたということでは、この第3の男に類似するのかもしれないと思っている。現実の自分を見ると「ダサイ人生」なのかもしれないが自分の中では悔いはない人生になっている。

そして今、残された人生で、これまで見つけてきた誰も知ることのなかった600項目以上のガウディ・コードの論文を書き続けている。 2013年に執筆した「ガウディ・コード、ドラゴンの瞳」は序論のようなものである。おそらくこれを発表すると12冊以上の本にはなる。写真と作図を入れてのことになるだろう。今はこれまでの論文の校正をしている。これらの作業も2000年からの原書の転写、全訳から始まって13冊の原書をも翻訳してその後に現在のガウディ・コードを執筆してきているから23年越しということになる。
     
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