構造体としての煉瓦と捻れの関係
ガウディがベルゴスとの会話では、ビトルビオを「各オーダーのモデュールを提案した専門家である。しかし、ギリシャ精神である各オーダーにそれぞれの特徴があることを知らない。ビトルビオのモデュールは方眼で他のモデュールもできる。」
更に
「ビオレの辞典は単なる辞典ではない。出版社の都合による百科事典的な不完全な専門書である。」
とまで批判している。
私も参考までにビトルビオの10巻の本に目を通してみた。この本は1761年クラウディオ・ペラウルによるパリ王立科学院から出版され、ジョセ・カスタニェーダがカステリャーノ語に訳した本である。
その2巻第2章で煉瓦の素材に触れている。
ここでは他に石灰とモルタルの特性も記している。
その中で煉瓦の寿命を「永久」と評価している。
しかし、日干し煉瓦と焼成煉瓦の間には、大きな耐久性の違いがある。素材の組み合わせと焼成温度によっても吸水性や耐力も大きく変わる。さらに色も豊富である。
それらの特徴を生かした煉瓦がスペイン建築のベースとして普及する。
トレドの街をみるとそのバリエーションは理解できるだろう。アルハンブラの宮殿を見ればその美しさを感じる。そしてガウディの建築では煉瓦が花を咲かせる。これも異国文化との交流の成果だろう。
ガウディの建築人生43年間が、煉瓦ルネッサンスとその改革、見事な煉瓦建築の変貌プロセスを見せてくれる。
繰り返すようだが、このカサ・ミラでは屋根裏階の内部構造にまで見事に演出され、階段室ではすでに彫塑として煉瓦を組上げる。躯体を煉瓦とし、仕上げに外壁部分ではモルタル仕上げや破砕タイル仕上げとなる。柱や他の外壁はガラフの石と砂岩を利用してオーバーハングさせたテラスを見せている。その為にガウディは内部構造に鉄骨を利用したカーテン・ウオールを考案して跳ね出しを可能にした。
建築自体が石の彫刻と言った演出であり、時の在来工法を駆使した。
当時ではまだその類いの施工法は日常ではなかった。技術者は悩み、職人は苦しんでいたことはパルド等の残した会話集から伺われ、最後に仕上がった作品は世界に二つとない素晴らしい作品として輝いている。
少なくともバルセロナでは、バルコニーの小さな跳ね出しで肘木を出す程度の建物はよく見られる。ところが構造体が壁も梁も一体となっているというのはガウディ以外の建築では見られない。
私にとって煉瓦は切り離すことのできない素材である。
まだおしめを取り外して間もない頃に、煉瓦造の幼稚園に通っていた事が潜在的にあるのかもしれない。
日本の国は、現実に陶器など焼き物が発達してきた。
ところが近代になって、建築素材ではコンクリートに押されて、陶器や煉瓦を利用する人達が少なくなった。
それはあまりにも煉瓦への認識不足といえるのではないだろうか。
色や形からすればもっとも土着性のある素材である。木材に替わる自然に調和した素材であり、木造と一緒で「呼吸できる素材」として日本の気候風土では相応しいとさえ思える。
そんな事を時々考えながら、ガウディの計画による建築をトレーシングペーパーに置き換えて私なりに再構築する。それは作図と一部の模型によるシミュレーションとなったりする事もある。
例えばカサ・ミラの階段室を取り上げると、大きく分けて3種類となる。
平面が六角形、八角形そして円、更に煙突、通気口も入れると正方形、長方形、円となる。ボリュームのある階段室は、放物回転体による躯体をなし、更に小さな通気口を十字架でカモフラージュしている。他の煙突、通気口は煉瓦の積み重ねによって捻れを入れている。それによって全体が更に動きのある煙突群となる。
構造の世界における捻れはどんな意味があるのだろうか。
コマは回転する遠心力で中心を定め軸一本で全体を支える。
植物も捻れながら成長することは知られている。動物の骨等も捻れている。遺伝子のDNAだって捻れている。もっと解りやすいところで水も排水するときには回転しながら流れ落ちる。竜巻も捻れながら凄い勢いで地上のものを空中に吸い上げる。最近ではそんな螺旋運動をするメカニズムを取り入れた掃除機を見かけた。
ロケットだって放物回転体状になっている。戦車の銃砲内部も玉が回転して飛び出すように溝が彫られているのは玉の指向性を高めるためと言われている。
円錐又は放物回転体の正体は何か、今後の研究対象になるだろう。
ガウディは円錐を「幾何学の父」としている。
確かにこの形には三角形、円、楕円、放物曲線が含まれている。
そういえば、ガウディが円錐状の屋根を作るときには内部で螺旋状に小屋組をしているのが気にかかる。
|