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誕生の門螺旋階段 |
あの世から“人は宿命的に<時代の人>か<空間の人>のどれかに帰属する。数字、音楽、言語を覚えることが苦手な人でも時代を表している”と言っているのが聞こえる。
では数字、音楽、言語の得意な人は “空間の人”ということになるのだろうか。
とすれば“想像力のある人、感性のある人”といった意味にもとれる。
ガウディの言う“空間の人”とはどうも理解しにくいがその解釈で直訳すれば“宇宙の人”となってしまうほど漠然としている。むしろ“超越した人”、又は“天使のような人”、又は“世界観がある人、宇宙へ旅をする人………”とバリエーションがある。
フランス作家ジュリアス・ベルネ(ジュール・ベルヌ)が1865年に書いた月への旅というのがあるので、宇宙へのロマン話があるくらいだから宇宙飛行士でも別に不思議ではない。しかしそんなレベルでガウディは“空間の人”としているのではなく、もっと身近なところで物の見方において“想像を凝らして見ることのできる人”の事を示している。
それを裏付けるような言葉で“人はものを見るまでは動けず、単に軌道線上を移動しているだけである。ところが天使の知識は三次元で動いている”とベルゴスとの会話に残している。
その意味も含めてこの場合は取りあえず“感性のある人”とでもしておこう。
空間と感性では世界が違いすぎるような気もするが、視点を変えるだけで関連性ができることが言葉の面白さではないだろうか。
折角気持ちも心機一転やる気になっているのに作業の開始をずらしてしまうと怠けるような気もするので、その日から作業を開始する。終了予定は決めていなかったが、それで良い。また研究調査の報告はスペインの外務省に提出することになっていた。 |