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  建築家トップ > バルセロナ便り >第5回
実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

知識の収穫、経験の収穫、第2の母国語

ガウディは“芸術に世界観があるのは、美が真実の輝きであり、輝きは全てを魅了するからである”といっている。
 
故郷への思い、友からの餞(はなむけ)
 
フィンカグエル
フィンカグエル
病み上がりの私には芸術も美も眼中にはなかった。
ただ、中途になっていた、ガウディ建築の研究を進めたい無心の祈りでスペインに戻るつもりであった。再度スペインにゆけるチャンスを得たので、故郷の友人達にそのニュースを伝えると、友人の一人J君が欧州旅行はしたことがないということで道中を共にすることになった。
ヨーロッパの周遊券であるユーレイルパスを購入し、まずはバルセロナに荷物を下ろしてからポルトガルに渡り、ヨーロッパの最西端であるロカ岬を訪れた。
大西洋の波が押し寄せるユーラシア大陸最先端の岸壁に立っている碑の前で、友人と一緒に購入した厚手の羊毛パーカーを着て記念写真一枚。バルセロナに戻ってから、次にドイツ、スウェーデン、コペンハーゲンと学生時代に一度見ていたマーメードの前でまた同じように再会の記念撮影をする。さらにミュンヘンに立ち寄って駅の名物ビールを飲んでからバルセロナに戻った。
友人との西欧旅行は、単に私が旅をしたかったからではなかった。
私の故郷の友人達は、海外に出かける事が殆どなく、ましてやスペインなど訪れる機会もなかった。二百海里問題で地場産業の漁業が軒並みダウンして以来、これから街がどうあるべきかと考えるとき、少しでも若い世代の人達に世界の街の在処を見てもらえれば地方文化の再考には刺激になると考え、海外旅行に誘ったのである。
彼の目に留まった西欧がどんなものか、さらに西欧の地方都市がどんな環境をつくっているのかを認識するだけでも大変な収穫である。
私にとってこの旅は、スウェーデン以外は再訪であったが、仲間と一緒に将来の展望を語りながら都市を見学する旅も楽しいものであることを実感した。

バルセロナでの宿泊先は、以前から下宿先としていたカタニア人のモンセーおばさん所有のマンション。数日後、友人は、フランスの知り合いに会ってから日本に帰国するということでバルセロナを立ち去ることになった。
彼は別れ際、作業道具として製図用のロットリングセットを私にプレゼントしてくれた。
その道具は、サグラダ・ファミリア教会の作図から使い始めて、今でも大事に利用しているから、もう23年以上も私のお供をしている大切なインキングの道具である。
 
語学の習得、勉強、研究・・・頭の中のカオス
 

友人と別れてから私は、九月始めに早速マドリッドのスペイン政府外務省を訪ねて、カタルニア工科大学研究室への入籍手続きをするための報告をした。 それからバルセロナに戻り、バルセロナ建築学部大学院博士コースに無料で入学手続きを済ませることができた。
これで漸く(ようやく)ガウディ研究室でのドクター・コースを正式に受けられるようになる。
それ以来、週に二回のゼミがあり、ガウディについての徹底的な講義が始まった。まだそれほど講義内容が解る程度ではなかったが、ゼミの後半は必ずスライドによる説明があったので、何とかゼミにはついていくことができた。それとは別に私個人としてガウディ建築における独自の実測と検証、さらに古文書とで徐々に理解し始めた。語学学校も上級コースに入っての勉強であったが、既に学校の授業だけでは物足りなくなっていた。新聞も読むというより目を通す独学による翻訳の訓練も始めた。勿論本来のガウディ建築の実測研究も続けていたので、関係文献を理解するには欠かすことのできない作業であった。

語学を勉強するには幾つか方法がある。私の場合は、会話中心の手法で後に文法で基本的な部分を調整し、後にボキャブラリーと地方の言い回しも含めての経験的な覚え方を選んだ。これは最初に語学学校に入ったとき担当の先生から薦められ、その方法を真に受けてのことであった。
はじめは勿論何を話しているのか解らなかったが、心配することはなかった。
時間と共に会話の内容と情景が理解できるようになり、次第に話の内容が想像できるようになる。話のスピードも普通の流れに従って理解できるようになる。
それでもまだ完璧とは言えない。
母国語でも大変なのに外国語ではもっと疲れると言ったところだろう。

今でも会話でつまずくことはあるがそれはその日の体調にもよる。
その言葉のハンディを背負って今年で26年目の研究生活である。
始めのうちは毎日朝から晩まで語学のやりとりで、ノイローゼぎみになるほど頭の中がカオス(混沌)となっていた。

そんな毎日の生活で私の受けた国費留学の奨学金は、9ヶ月間の援助であり、期間中は3ヶ月毎に研究報告を義務づけられていた。

 
田中裕也氏プロフィール
 
 
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