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実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

ガウディの「建築言語」による表現

テレサ女学院が計画される8年前、カタルニア地方では、カタルニア主義や愛国主義者達の組織化と合わせて学問の近代化運動も始まる。同じころにアナーキーな思想もスペインに入りこみ、ブルジョアや政治への不満が社会騒乱の引き金となるが、産業革命後、資本家と労働者の摩擦が過熱しての出来事も起きる。その状況を、ガウディは建築言語を通してサグラダ・ファミリア教会の小礼拝堂の中で訴えはじめることになる。

カタルニア地方の主な産業といえば繊維工業で、そこから活性化がはじまる。
中でもエウセビオ・グエルの父ホワン・グエルは彼の仲間ドミンゴ・ラミスと共に1848年6月にバルセロナのサンツに、バポール・ベル(Vapol Vell)という繊維工場を設立させる。
これによってサンツは衣類関係のショップも建ち並び、現在でもその面影を残している。
ガウディの19世紀末から20世紀初頭の仕事の依頼主の大半は、繊維工業の事業家達であった。特にガウディが成熟期に建てたグエル公園、カサ・カルベ、カサ・バトリョ、カサ・ミラの施主達は全員が繊維工業の事業家達である。

そんな時期を予言するかのように、教育者でもあった神父エンリケ・デ・オッソは、真心、忍耐、合一、節制などを重視したテレサ学院の計画をすることになる。建築家ガウディにとっては社会動向に対応するイディオロギーをサンタ・テレサ会に託すことになる。それは建築形態として、サンタ・テレサ会のイディオロギーは、第一に愛、第二に平和、第三に合一、第四の忠誠によって成り立っていることを作品で演出している。
学院は質素でなおかつ清潔で知的に計画していることをアストルガの司祭ホワン・バウティスタ・グラウがサンタ・テレサ・デ・へスス会報で記している。
その様子は建築内外部で目にすることができる。

ガウディは文章作家ではないことから、言葉よりも建築家としての「建築言語」による表現力が作品の完成度を高めている。
例えば聖女テレサの真心と献身を示すハートに、いばらと槍の詳細が建物玄関扉に見られる。玄関扉の靴ずりには「皆が通る」という銘文が記されている。
学問は確かに普遍的なものであり誘いのことばでもある。
そこで学ぶ学生達は、毎日のようにこの詳細を目にして知らずの内に潜在意識のなかに溶け込むことになる。また毎日窓越しに入り込む朝陽の日差しは、奇麗に掃除され光沢のある部屋の床や煉瓦色のセラミック・タイルの廊下の床に反射する。そんな光景がテレサ学院の静寂にして清楚感を形成し、学生達は肌で体験することができる。
一階の天井は約6mの高さで、5m x25mという矩形の待合室に幾つかのソファーが間延びしたように置かれている。
この待合室の窓は内法0.75mx3.25mで、1.05mピッチで25カ所設置されている。
縦に細長いが開放感はある。

ここで学ぶ学生達は羨ましい学習環境である。場所に関係せずどこでも勉強はできるが、人によっては身の回りを片付けなければ勉強できないと言う人もいる。そんな人たちに理想的なところといえるだろう。
     
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