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実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

住宅建築には不向きだった土地

ガウディがセサール・マルトレールに
情熱(pasion)は感染する躍動感であり、情熱的な人は、彼自身の情熱から生れるので、それを制覇しなければならない。 自分自身が調整できない者は他人のコントロールもできない。よって良い政治家は彼自身の意見と反対派をコントロールしなければならない」。
と情熱について語っている。自分の感情を抑えながら他人の立場を考慮し、建築計画や物事を考えている言葉となっている。
 
グエル公園の分譲住宅のためのガウディによるプロト・タイプがキャンセルされる理由に幾つかが考えられる。
1つに, 当時としては、バルセロナ市街地から離れた山の中腹にあるという地理的条件からの、アクセス問題。
2つには, 交通手段として、徒歩、馬車、一部路面電車に限られていた。
3つには, 1ha 20人という人口密度で特定され、分譲住宅地としての平均敷地面積が1500m2ほどの三角分譲住宅地、しかも北側としてその中心に計画されることが条件となっていた。建築面積は敷地の6分の1以下となっていることから、平均250m2の建築面積となり、当時としては上流階級の子供達の多い家族構成では、高額でありながら購入が難しい建築条件であった。ましてや当時の写真からも見られるように、この山は樹木の少ない禿げ山であったことから、わずかな樹木を伐採すると罰金まで課せられていた。それらの条件の元でこのような場所に住宅が購入できるような財力ある人達の分譲住宅の条件としては決して相応しいものでなかった。
4つには,市街地にある仕事場から離れすぎている。

このような理由からオーナーであったエウセビオ・グエル氏は、田園都市計画から公園へと計画を変更せざるを得なくなったのではないだろうか。
そんな状況でありながらも請負い業者であった施工業者ホセ・パルドは、何とか分譲住宅のプロト・タイプを作ろうとガウディの弟子であったフランシスコ・ベレンゲールに委託して、当時の芸術運動モデルニズムの影響を受けたような高級感のある住宅を計画した。建築許可申請図を見るとガウディのサインが入っている。つまりベレンゲールは建築学の学校を卒業しなかったことから建築家としての資格がなく、事務処理として建築家ガウディにサインの代理をしてもらっていた。最終的にはガウディがその住宅を購入して1925年の晩年まで住む結果となった。
現在ではガウディの家ということで知られていて、ガウディのデザインしたオリジナル家具が展示されているが、他にグッズも売られている。

グエル公園を手がける時期はガウディの成熟期に入り、転換期にもあたる。彼の目指す建築は単なる芸術的空間だけではなく、庶民生活を踏まえての計画となっている。さらにバナキュラーな詳細の捉え方や芸術的作品として飛躍しはじめている。

グエル公園でのインフラ整備においても、排水処理や広場でのその神話と建築機能を共存させる反映が随所に見られるのは、まさかと思わされる。さらに中央入口の噴水では地中海芸術の一端を演出し、多柱室では見事な建築施工による技術改革を思わせるような手法でスパーンが飛ばされている。
     
田中裕也氏プロフィール
 
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