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実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

10年を費やした逆さ吊り構造実験は
地下聖堂からサグラダ・ファミリアへ

毎日実測していたある日、ラモン・オローという長老に出会った。80数才と言っていた。
彼の話を聞いてみると、彼が少年の頃、この地下聖堂の工事現場に毎日のように通ったと言う。勿論ガウディに会うのが楽しみであったと言う。

この彼の話の中で印象的であったのは、ステンド・グラスの話であった。
あの下膨れの窓が当時では透明のガラスであったという。
実際には色の焼き付けガラスになっているが。
その違いはどうしたことかと思い、さっそく文献による調査をはじめた。

現在のガラスは1980年にバルセロナのオリヤック社によるものとされている。
実はその色ガラス、オリジナルが1936年から1939年のスペイン内戦で壊され、1939年に代用が嵌められてからである。
ガウディにとって色は生命である。
宗教的象徴性をも醸し出せる手段として、視覚的に他の教会でもステンド・グラス等として伝統的に利用されている。
その表現を, ガウディが独創的な教会に利用したことが通説になっている。
ところが不思議にこの教会では、構造、テクスチャー、空間演出、素材利用等を通して、もっとも自然主義的な表現を施した作品と感じるのは私だけだろうか。
しかも従来の教会建築の空間概念を覆すかのようでもある。
ゴシック建築特有のシンメトリー、身廊配置、柱等の姿はどこ吹く風である。
その辺りの山から削りだしたような質素な素材でありながら、頑丈そうな自然のパワーが溢れでている玄武岩の柱、軽やかな煉瓦の柱と梁による構造で地下聖堂の空間を支えている姿は、むしろ伝統建築から脱皮を宣言しているようである。
彼は、この地下聖堂の計画をエウセビオ・グエルから依頼を受けた1898年から10年間をかけて、逆さ吊り構造実験で見事な解決策を見いだしたのだ。
ところがその甲斐もなく、第一次世界大戦は、事業家達にとっては逃れる事のできない経済的影響をもたらした。
ガウディのパトロンであるグエルの事業もその火の粉を被っている。
しかもこの作品が中断された1914年には、ガウディの右腕フランシスコ・ベレンゲールが亡くなっている。グエルもまた健康が芳しくなかったというのだ。
そんな状況が、この地下聖堂計画の進行を阻んだのは目に見えるようである。

この建築計画が完成に至らなかったことはガウディにとって無念な事であったはずだ。
しかしガウディの心にはまだサグラダ・ファミリア教会の工事が残っていた。
しかも1908年以降、彼の教会の姿が大きく変貌するのである。
この成果をもたらしたのは言うまでもなくこの地下聖堂での実験が大きな下地になっていたからである。

この地下聖堂の計画に当たって、まず立地条件としてガウディがわざわざ松の木林の丘を選んだのはなぜだろうか。
あの自然主義のガウディである。
木を切る事さえ気が引けた彼ではなかっただろうか。
自然への思いやりや詳細にいたる気配りは非凡である。
そんな彼がよりによって教会設置の為に松の木を数本犠牲にしてでも教会をそこに設置させようとした気持ちは何か。
地理的にはその場から街を見下ろすことができる。
住民の憩いの場所として代用できる場所にするための目的として彼は計画を進めたのであるが。

   
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