他にも現実的な言葉のハンディがあった。少しの英語で少しずつ日常会話を身につければ心配はいらないと思ったがそれは甘すぎた。研究しようとする場所が英語圏ではなくスペイン語圏であることから、スペイン語が解らなければ生活も文献を読むことすらもできない。しかもカタルニアはスペインの中でもカタルニア語を日常会話とするバイリンガルの地方でもある。
そんな条件下で、たどたどしい英語では研究が続けられるわけもないという現実を前にして、どうしても力が抜けるような気がしていた。しかし学問は身を助けてくれるものである。学生時代に習った実測と実社会における現場での実測の経験から、実測の手段でなら言葉のハンディ無しで私にもできる。直接作品に触れながらの肉体労働による研究なら、できる可能性はあると思っていた。しかも、作図をすればより建築空間の内容が理解できる、という判断で作業を進めることにした。
しかし対象物は難解なガウディ建築の実測である。あまりにも曲線が建物を支配しているわけだから、どこからどのように実測して作図するのか予想がつかなかったのも事実であった。初めは実測と作図の完成を予定しないで、できるところまででよしと自分に言い聞かせた。勿論そのころの無心になっていた自分にとって、時間は眼中になかった。
次にどの部分なら抵抗無く実測ができて、しかも作図ができるのかと検討するためにグエル公園を散歩した。そこにはさりげなく木陰に見え隠れしている沢山の階段がある。その一部くらいなら間違いなく実測できると思って、もっともシンプルな階段の実測をすることにした。これなら縦を繋げる機能だけの部分として、殆ど飾り気のない建築空間だから実測ぐらいならできるだろうと思って測り始めた。しかも単に計るのではなくて、それぞれ特徴となる部分のスケッチを最初に描き、その一枚のスケッチに寸法を入れることで、立体的な寸法も把握できると同時にデッサンの練習にもなると思った。
さらに実測箇所の写真も撮ることで、作図を始める場合に寸法の計り忘れなども写真から検討できるとも思い、デッサン、実測、写真撮影の3つの作業の順序を厳守して現場での作業を開始し、宿に戻ってはその整理に集中した。
ところが測り終えた今だから言えることなのだろうけども、15ヘクタールの敷地にある三十数カ所の種類の違う階段を、膨大な時間をかけて全て計ることになってしまった。
そうこうしている内に語学の問題も切実になってきた。 |