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実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

「ガウディの宝」探しへ

ガウディは「知恵は科学を超越する。その名前は<<Sapere>>好む、味わうと言う意味に由来して結果を表す。知恵はまとめであり科学は分析である。
分析のまとめは一部の分析であって、まだ知恵にはなっていないので完璧ではない。知恵は豊かさであり、科学には豊かさはなく偽金が出回らないようにするためである。
」と知恵と科学の相違をコメントしている。

現地でガウディの建築に直接自分の体で触れる事で、少しでも知恵となるように行動してきたつもりだ。教義と実践とでは大きな違いが感じられる。
知恵は生きて行く為の実践手段で、知識は実践を伴わない普遍的なバーチャルの世界での手段ではないだろうかと思わされる。
そこで常に自分の「心を修行の場」に置く事で、全てのことに柔軟な対応ができる。
人生全てが「知恵」のための研究をし続けているということにすれば、一生続けられる作業という事になる。「知恵」というのはそれほど大切な事なのだろうか?
知恵が人生において最上の方法を与える手段とすると、それは自分の為であり社会のためにもなる。    
たとえ研究だけ続けていてもその間に相乗的な知恵も深まるということにもなる。

実践を選んで今まで駒を進めてきた自分には今更後戻りはない。
むしろ今までの経験をどのように活用できるのかが、これからの人生の楽しみ方になるのだろうということである。分野や世界が違っていても、時間の経過とその中での経験は、個々において非常に貴重な瞬間があったりもする。
時々友達と話をしていて「自分の人生はこんなはずではなかった」ということを耳にすることがあるが、それは誤解である。
船乗りに例えれば、上手な船乗りではないのかもしれない。しかしそれでも今を生きているのだから決して下手ではないはずである。
むしろいまだに満足できる船乗りにはなり切っていないだけの事なのだろうと思う。

人生の面白さはそんなことに気がついた瞬間から穂先がかわるものである。
年齢に関係なくそんな穂先の方向が定まったときに、「人生における本格的な青春」が始まると信じている。つまり青春というのは年齢だけによるものではない。人生を謳歌できる瞬間がむしろ青春というように理解すると、人々は夢を持ち直すのではないだろうか。
「肉体的に問題があってもそれを補えるのは精神にある」と誰かの口から聞いたことがある。
その言葉はだれが口にしてもおかしくはない時代になっている。
私の場合、自分の生き方を考えさせられる場がこのグエル公園である。
それは自然の中に囲まれながら作為的な空間を体験できて、しかも景色を楽しみながら自分とむきあうことができる場であると思っている。
はじめから予想がつくような研究は、むしろ研究の対象にならないのではないだろうかとさえ思う。研究というのは、科学的実証等という大義銘文が含まれているが、実際にはその世界で何かを見つけるという「宝探し」のような行為に等しい。
ここで言う「宝」とは、視覚的又は物質的な物だけではなく、精神性を含めてのことである。

つまり「発見」ではないだろうか。「自分にとっての発見」、つまり「自分を発見」すると言う行為になる。同時に知られざるガウディの一面も覗く事ができる瞬間でもある。
     
田中裕也氏プロフィール
 
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