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実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

自宅は、グエル公園の売れなかった住宅

ガウディは
スタイルの勉強は教会の勉強である。メソポタミアやペルシアは、君主帝国でスタイルを神格化し、そのために神殿を造った」。
としめしている。
つまりスタイルは用途の象徴であり、地域のアイデンティティーということである。 

ではグエル公園のスタイルはどうか。ギリシャ様式でもあり自然様式でもあり、「神話様式」の世界でもある。 
それはガウディの演出手法である。
建築機能、倫理、歴史、そしてアートを上手に組み合わせた演出となっている。
これもガウディのデザイン・コンセプトとしての「調和」である。ガウディ建築が面白いのはそれだけではない。次に「ガウディのウイット」が盛り込まれる。
実際にその演出に触れている文献は未だに見当たらない。 しかしガウディと会話したセサール・マルティネールの話の中では、ガウディのウイットがちらついているように見える。グエル公園計画では、田園都市計画に関する市場調査のデーターがあるはず、と思い探している。 彼らがこの田園都市計画をするにあたって、市場調査をするのが通常ではないのかなと思ったのだ。その辺りの資料を探しているのだが、未だに見当たらない。

商才あるグエルは、この計画を立ち上げて2年ほどで田園都市計画の住宅計画を断念することになる。その計画変更を知った、請負い業者ホセ・パルドは、その計画変更が実施される前に自分の責任で是が非でもプロト・タイプの住宅を作る事を、グエルに知らせる。それで1903年から1904年にかけて、ガウディの右腕であったフランシス・コベレンゲールによって住宅建築が計画され、ガウディのサインで建築許可申請が出される。結果的にはその建物も売れず、2年後の1906年には、ガウディが購入することになって晩年まで父とメイド、給仕の4人でこの家に住む事になる。
つまり当初の夢の田園都市計画への努力も虚しく、公園として計画変更をする。そして1923年には最終的にバルセロナ市に売却されることになる。

建築計画
グエル公園のコミュニティーも、ギリシャ劇場を中心とした広場での集まりとして考慮していた。またスペインでは直射日光が強いので、井戸端会議も高架下の日陰や蛇行ベンチでと想定された。できるだけ日陰で過ごせるような高架として計画するが、蛇行ベンチでは日陰にはならない。逆に冬の日向ぼっこには最適である。
しかも4カ所の高架は全て形が異なる。普通であれば「高架に関しては同じ手法と形式で仕上げても」と思うところだが、それは安直な考え方。ガウディがそうはしなかったのは職人気質なのだ。「ガウディはへそ曲がり」と言えばガウディ・マニアの人達からお叱りを受けるかもしれない。ましてや手間賃のことも常に気にしていたガウディのことだから、形を変えるだけでも職人泣かせとなってしまいそうだがそうでもなさそうだ。
むしろ当時の職人達の世界では、新たなものへ挑戦する意欲が強く、それが習慣となっていた。
ホセ・バイヨはガウディとの仕事で、
「私はこの人と仕事をすることがうれしかったです。一銭も儲からなかったです。しかし彼らは沢山の事を指導してくれましたので、私は彼らと仕事をする事が好きでした」。

ということをバセゴダ博士との会話に残している。
     
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