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建築家トップ > バルセロナ便り > 第193回

実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

ガウディによる、煉瓦と木の融合建築

ガウディの建築の中で自然と同調させようとしている作品に、コロニア・グエル教会とグエル公園を例に挙げる。
コロニア・グエル教会では、テクスチャーの利用と周囲の環境を取り入れた新たな試みがガウディの中で見られる。新たなというのは、従来の手法に加えて、さらに自然の摂理を利用した形ということを意味する。つまり発明に近い所があるが、すでに存在しているものを建築に応用しているだけのことである。よって発明ではなく応用となる。しかもその仕上げのために素材の選択をするわけだが、作為的に廃材、鋼滓、火山岩、型くずれした煉瓦などを上手に外壁仕上げにしている。しかも表現として周囲の松の木林のテクスチャーに同化するかのようにしている。一方、グエル公園でも最初に工事が行われた高架においては、現場で採掘された石材をそのまま利用しているわけだから、現場の地肌と同じということになる。
まるでカメレオンのように、自分が置かれた場所に合わせた色や形にするという本能を、ガウディの場合は建築で試しているようにも見える。その中で人間の生活環境を計画するという概念が利用されている。さらに家具に至っては生態学的に形成され椅子やベンチになったりする。まるで人間が腰掛けた姿・形が、そのまま家具やベンチになるというデザイン処理が本来のものの作り方ではと思う。陶芸家の作る丸い茶碗は、手の平にすっぽりと納まることで、触感としても丸みによって暖かさと安らぎを感じさせる。それが職人意識の中に育まれているとしかおもえない。
強引な幾何学や数値で合理的に、しかも作為的な家具や道具をつくるのは、現代デザインで常識だと肯定する人もいる。しかし本来使いやすい形とは何かと問いかける事で、その姿、形、大きさ、色等も合わせて無理なく、しかも自然に表現されるものであるべきと思えてしかたがない。
そのように建築するというと、どんな方法によるデザインとなるのだろうか。

日本では昔から木造建築が主流になってきた。いまだに大半が軸組の概念から脱出しきれていない。最近ではツーバイフォー工法とかで施工をしている木造建築もあるが、他に鉄筋コンクリート造としてラーメン構造が中心となり従来の木造建築と構造コンセプトに何ら違いはない。つまり柱と梁の関係だけに拘ってきた一つの伝統である。中には面、つまり膜構造を考えている人もいるようだが、まだ数少ない。しかも壁の平滑である。直線や平滑は合理的であるが人工的であり強引である。私にとってはそれが小さいときからのフォビア(恐怖症)になっていることを、今になって気がついている。そろそろ21世紀としての建築提案があっても良さそうな気もしている。
民間建築、公共建築を問わず、建築そのものとしてこれからの日本建築のあり方にある種の指針を提案する時期にきているのではと、人ごとのように思っている。
そこで最近、ガウディの建築に気になる構造体があることに気がついた。
それは彼の初期の作品で、マタロ労働組合のための工場計画である。
これは木造建築でしかもカテナリー曲線によるアーチが組まれている。
集成材を利用しているわけではない。
そこでは通常の無垢の木を鉄骨のラチスばりの様に繋ぎ合わせて屋根を支えているのである。
しかも壁は煉瓦造である。

つまりここで煉瓦と木造の融合された建築を見ることができるということになる。
     
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