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建築家トップ > バルセロナ便り > 第206回

実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

学生時代はバイトに明け暮れていた

ガウディの大学時代はバイトに明け暮れる毎日だったというと大げさかな。
おかげで大学の授業も欠席が多かったとか。しかしガウディの実践勉強の成果があったのか、普段の授業では教わらなかった計算でシウダデラ公園の600m3の大貯水タンクの計画をして、材料力学のジョワン・トラス・グアルディオラ教授は授業に殆ど出席する事のなかったガウディを合格させている。いずれにしても建築家達や工匠人の元でガウディは何を覚えたのだろうか。大学図書館での独学と独自性かな。

1871年からのガウディの日誌を覗いてみる。
すると見出しに「家(実家)とは、家族の小国家。。。」とある。ガウディは1869年からバルセロナに出てきて同郷のホセ・フォンセレに頼ってバイトも始めていた。その後のバイト先はビジャールも加わり、モンセラーにあるベネディクト派修道院の壁龕(へきがん)の修復計画(1876−1877)を手がけている。

日記の記録ではビジャールに半時間、トランビアの研究も依頼されていたようである。次には工匠人ホセ・フォンセレの燭台デザインも1時間、他にビジャールの壁龕に2.5時間と記載されはじめている。
つまり1876年から教会建築についての勉強をしはじめながら、合わせて市内に走らせるトランビアまで検討しているというのは注目すべきところである。
つまりここからゴシック建築の変貌を試み、さらに彼の人生はトランビアで終止符をうつからである。初めに関わった仕事で建築人生を歩み、「時代の力」の研究も同時にすすめながらその犠牲になるという宿命は何とも不憫でならない。

ガウディの初期の作品にマタロ労働組合の計画がある。現在でも当時に作られた繊維工場が存続しているが、2008年にマタロ市役所の依頼でマヌエル・ブルジェッ(Manuel Brullet)の監修の元で一部改修されている。
この構造体は木材を利用したトラスのようなアーチとして必見である。
このアーチは12mスパーンに高さ6mというサイズである。
しかもアーチはカテナリー曲線状に木部材が組まれている。
この合理的なカテナリー曲線のアーチについて、今までだれもこのシミュレーションをした事がないのではないかと思い、八尾で建設業を営んでいる佐藤工務店の佐藤善夫氏にそのシミュレーションをお願いした。大学時代の後輩でもある彼は、今年の正月にバルセロナにやってきた。そこで彼と彼の奥さんと共にそのマタロの現場を尋ねて実測した。そのデーターを元にして、彼の工房でその復元を試みようと計画した。私はこの9月27日に日本に一時帰国し、まずは彼の工房でそのシミュレーションを試みた。木の部材を5分の1としてそのアーチを描いてみた。確かに木製の鎖のような概念でその予定していたカテナリー曲線を描く事ができた。しかも同時に垂木の勾配も設定しやすい事がわかる。
勿論、逆さに吊っているのでそれをさらに逆にすれば圧縮となり同じ構造で維持できる事も理解できる。この方法でこれからの木造建築を考えるとどうなるだろうか。私としては随分と合理的な構造であると思っている。

構造計算の前にこのようなシミュレーションで、しかも原寸大でできてしまえばむしろ計算式はいらないのではないかとさえ思っている。
     
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