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建築家トップ > バルセロナ便り > 第256回

実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

ガウディ建築は装飾的か?

ガウディが計画した建築とそのためにデザインされた動植物達の共存にはどんな意味があるのだろうか、と考えさせられるのは私だけだろうか。
通常は、装飾の多い建築と評価されがちなガウディ建築である。しかも奇異を狙った作品であると思われがちでもある。
私が「それは誤解です」と指摘すると、人々は、豆鉄砲を食らったような表情をする。別にそれを予想しての事ではない。私の研究で次第にガウディの装飾的に思える部分がそれだけではないということに気がついてきたのである。
これは研究による成長である。作図を始めた1978年当時の作図からでは、想像できなかった進歩である。スペイン語もできるようになり原書を読みあさり、同時に翻訳を続けて以前には知る事ができなかった事も理解できるようになる。私の苦手は外国語である。スペインに居るのだからスペイン語である。でもスペインにはカステリャー語もあればカタラン語、パスク語、ガリシア語と4カ国語が平気ではなされている国である。しかもこれらの言語はそれぞれに文法もありスペイン語(標準語、カステリャーノ語)よりは歴史が深い。
日本にいた時は、耳にする事すらなかった言語である。日本での建築学科は、基本的にドイツ語も義務化されていたが、私にとっては実用価値が薄かったとしか思えない。それよりも自分が研究したい分野の言語を勉強するというのが本来の価値ある勉強のスタイルだと思えるようになる。
スペインの空気を吸いながらスペイン料理を口にして、毎日スペイン語での生活に馴染むには10年以上は必要であった。言語や生活習慣に慣れるというのは、研究以上にしんどい部分がある。つまり相手側のお話が解らずに生活を続けるという事に障害を生じて、精神的問題が起きる。
しかもそこでの研究となると二重苦と言えるかもしれない。しかし本人にしてみれば必至。苦という感覚のまえに研究とは何か、何をすれば研究となるかと思いながら実測、作図の作業に取りかかったからである。どの世界でもそうだが「初めて」の事というのは全くの手探り、「文盲」同然と言う感じ。
それでも時間と経験が次第にそのような環境にも順応できるようになるのである。不思議である。習慣は「順応」であり、まるで入れ歯を入れたときの感覚にも似ている。最初は両脇のへのプレシャーを感じるが時間次第で馴染んでしまうのである。
自然治癒にも似ている。生き物達は環境に順応する。
微生物を始めてとして人間に至っても環境に慣れてしまうのである。だから環境というのは動植物にとっては生きる為の大切な諸条件なのである、ということを体験してきた。その中でガウディとその建築研究では、なりふり構わず「何も知らない」と言うことからスタート。だれでも計れる階段を抵抗なく無造作にスケッチし実測した寸法を書き込む。
そこに現れるのは、私の目で見た姿の建築空間である。それが作図のベースとなる。次第に出来上がる作図は、誰も見た事のない田中裕也流の作図となる。
意識したわけではないが、できるだけ理解しやすい作図になればとの思いからである。

そこで装飾的と思える詳細を省略して作図していた。ところが後にそうではないという事に気がつき、修正せざるを得なくなってしまった。
     
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