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  建築家トップ > バルセロナ便り > 第27回
実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

精神世界や神話を建築に現そうとする、合理性と相反する本能にも似た欲求

ガウディは“我々の力と美しい形の卓越性は、感性と理論の均衡にある。”としている。
ガウディは彼の建築作品の中で、この感性にしたがってオーナーに因んだ具体的な表現である神話や、宗教的シンボルを利用するアイデンティーを演出し、さらに独自性を示唆しているかの様でもある。

フィンカ・グエルのドラゴンとその尻尾についている針の付いた玉はまさに星座の表現としても読みとれる。守衛としてのドラゴンの、針のついた玉によって外敵を脅迫するように、ヘスペリエスの園を守る演出なのだろう。
鎖で繋がれているのは明らかに猛獣を人為的に操っている情景と言える。

そのドラゴンを支えている煉瓦造柱の尖塔には、リンゴの木ではなくオレンジの木が飾られている。しかも外壁の鱗状のタイルもドラゴンの体の一部として表現しているとして見ることもできる。
あまりにも具体的な鱗状の模様は、動物の他にもスパニッシュ瓦または丸瓦を積み上げることでもその模様は描かれる。その断面はまさにこの鱗模様が出来あがり、日常見られる模様ということになる。同じような形は椰子の木の幹でもこの鱗模様になっていることがわかる。
つまり自然界の動植物の観察から、このヒントは得られると言えることになる。

フィンカ・グエルでは、ベルダゲールの話しに合わせたヘスペリスの園を建築的に演出したと言うことになる。

このギリシャ神話の物語が建築に表現されているとすれば、ガウディの1873年から1879年に書き残した手記が1883年から1887年にかけて作られたフィンカ・グエルで花を咲かせることになる。
そして建築全体がドラゴンの演出だとすれば、さらに鱗状のタイルが理解し易くなる。

このように単に建築様式への踏襲という一般的概念では処理できないかもしれないが、ガウディの手記にも表されている“神話をはじめとする歴史、宗教、物語、詩”などとの関係が見られるのである。

民族の精神文化の表現としての建築
民族の精神文化の表現としての建築

建築が民族の象徴として表現されるメディアであるとすれば建築詳細の随所にそれらの特性が表現され、生活様式にも現れる。
日本での代表的なものはタタミであり、西洋は椅子の習慣となって空間構成される。
勿論この違いは空間の大きさにまで影響するのである。

建築に神話的演出は何のためにあるのかというと、災害から人々を救う願いを込める手段であり、守護聖人的な要素もあったりと、それは利用する側のアイデンティーとしての安らぎであったりする。そうすることで日常生活に注意を促す行為と考えられる。
日本の伝統として、災害からの守神を祀ることが、地鎮祭や棟上式でも行われることから理解できる。例えば沖縄の屋根に載せる獅子なども解りやすい例である。

偶像崇拝や神話は、アナクロ的で現在には相応しくないのかもしれない。それとは相反するように人々の習慣は、潜在意識としてそこに安らぎをもとめるのも真実である。精神的なものではあるが冠婚葬祭の儀式があるように、今でも脈々と何千年もの昔から生き続けている。

グエル別邸の門を通る度に、このドラゴンと出会い、大きな口を開けている手前で写真をとっているビジターを見かける。
それは“日本の獅子舞”でも見かけるように、“その口で頭をかじってもらうと賢くなる”と言われた光景を想い出さずにはいられない。
神話や民話は生活の中に生き続け、いつも利口にしてくれる獅子やドラゴンを見せてくれる。それらが何かしらユーモラスなアイデンディーとして親しみを感じさせることは、生活に潤いをもたらしてくれるものであり、決して邪魔なものではないはずである。

   
田中裕也氏プロフィール
 
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