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建築家トップ > バルセロナ便り > 第293回

実測で見えたガウディデザイン バルセロナの陽光に魅せられて 最もガウディに近づいた建築家、田中裕也が綴る

ガウディエッセンス

無駄のない生活空間とはどのような意味か。
日本民族が作り上げきた生活環境というのはとても質素でしかも合理的、さらに小さなスペースを上手に使いこなす技が世界的に知られている。
その配慮はデザイン全般に反映されているという見方は誤解を生じるだろうか。私は、そこにガウディ・デザインを取り入れることができるのかという問いかけに最近になって「できる」という可能性を見出すことができた。
通常は海外のデザインを日本の風土に入れることはタブーであり、逆に日本の伝統的なデザインを海外に持ち込むと違和感を生むというのも事実である。
伝統的なデザインというのは、そもそも地域性が強いものである。例えば生活習慣の中から生まれ、職人さん達やデザイナーが精魂込めて丁寧にデザインして、職人さん達はその演出を彼らの匠をもって形にしてきた。
だからそのようなデザインをその地域以外のところに移動されると違和感があるのは当然である。建築の場合は特にその傾向は強い。気候や風土、しかも生活習慣も異なるわけだから当然のことである。
今回、2020年の東京オリンピックの施設(国立競技場)を、始めは海外の建築家のデザインで進めて突然却下され、日本人建築家のデザインによるパビリオンに決定された事実が良い例である。

そこでガウディのデザインを日本に取り入れる可能性を私なりに考えてようやく気がついたのは、「エッセンス」ということである。まるでソースのようなエッセンスであれば他の場所にでも演出できる可能性を見出すことができた。その第一号が2004年の江別に計画した「すずらんボベダ」であり第2号は2012年の東京都府中市にある「北山幼稚園」である。どちらもガウディ・デザインの要素、つまりエッセンスを利用しての建築デザインであり、自分自信の感性によるデザインとしている。この応用編を現在ではまちづくりに展開できることに気がつき、その説明を関心のある人が講演会やワークショップなどで進めている。
日本の伝統職人の中で特に宮大工と言われる人の話から思い出されるのは「それぞれの素材にはそれぞれの役目がある…」ということを学生時代のゼミで聞いた記憶がある。それと同じことをガウディが残した言葉に「no hay nadie inútil, y que el que manda tiene que conocer las posibilidades del servidor」というのがある。直訳すると「誰もが役にたつ、指導者はその役立つ可能性を知るべきである」と言い残している。
つまり『「モノ」にはそれぞれに役立つことがあるということを理解するべきだ』というのである。私はこの言葉がとても好きで自分の波長に同調する。
若い時は自分にイマジネーションが貧困でどうすればそれを高めることができるのだろうか悩みながら建築の勉強を進めていた学生時代があった。そして自分の意思で一歩、生活環境も言葉も習慣も違う世界に踏み込んだ時から不思議な出来事が連続して現在に至る。不思議とは当然のことで、それまで経験したことのない世界にいるわけで毎日の出来事は新鮮である。見るもの食べるもの聞くものすべてが自分には新鮮で、それが40年過ぎた今でも同じような気分でいる。その中では好奇心も同時に高まるものである。

次は何があるのだろうかとね。
     
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