遠近法によるバランスと視覚矯正
紀元前一世紀のローマ時代の建築家ビトルビオが説明するところのプロポーションは、「10書の本」第一巻3章で触れている。
勿論人間の体の割り付けを建築に取り入れる話である。
プロポーションの数値を並べると解りにくいかもしれないので、例を挙げて説明する。
建築の場合は、建物の規模に応じて遠近法を取り入れるという事は、ギリシャ時代の建築から知られている。
日本建築でも伝統的な建築では、桁の長さに応じて視覚的歪みを修正されることを日本建築の竹島卓一教授から教わった記憶がある。
実際に、サグラダ・ファミリア教会の中における彫刻群は、建築の中において、それぞれの位置によって大きさを調整しなければ調和のとれた彫刻群として見えなくなる。
遠近法というのは、建築において任意の位置で全体を見ようとする時に違和感なくそれぞれの詳細が収まるように調整することである。
絵画の世界でも後景、中景、前景とそれぞれの大きさをかえる事で遠近法を調整したりする。
この視覚的バランスを調整しないと不思議な建築空間ができあがる。遠近法を上手に利用して視覚的空間を演出することでイタリアの建築家パラディオの作品のようになるが、視覚矯正を無視するととんでもない建築にもなる。
それほど視覚的バランスというのは建築にとっては重要な要素であるということになる。
ガウディは「ビトルビオは各オーダー(建築様式、特に、柱、桁の種類とその割り付け、つまりプロポーション)のモデュールを提案した専門家である。ギリシャ精神である各オーダーにそれぞれの特徴があることを知らない。ビトルビオのモデュールは方眼で他のモデュールもできる」と指摘している。
ビトルビオの書いたと言われる「10書の本」を熟読していた事がわかる。
一方でガウディの建築におけるモデュールはというとその説明は皆無に等しい。
ただプロポーションについてはベルゴスとの会話に現れる。ここでは「全てのスタイルが自然を模倣したもので………木のプロポーションが人間の形に類似する」というのである。
またプロポーションについて「建物のプロポーションは(両手を広げた)人間の形に似ていて正方形のプロポーションである」とベルゴスとの会話で言い切っている。
ガウディは自然主義建築家というように評価されている。それからすると彫刻群はリアルに表現されているものの、それらの全体を見る場合には、任意の視点からの距離によって自然に見えるようにと調整しているのである。
これが「視覚の矯正」といわれるものである。
プロポーションと構造は経験上設定されて断面もそれに従うことで、アバウトな部材設定となるところが多い。ところが20世紀になってからは、構造計算が発達し非常に精度の高い部材算定がされるようになった。
しかし経済性は高まるが、逆に自然現象に対応する余裕が薄れてきている。というより余裕が無くなってきている。
ガウディの建築の中でその構造計算にかかわるエピソードとして、カサ・ミラのファサードの構造計算がある。その詳細なる構造計算は知られていないが、地下階への馬車用斜路にあった柱の一部撤去のために、ガウディの協力者であったカナレッタと一緒にファサード全体の構造計算をし直したという話はあまりにも有名である。しかしその技術者達はどのような構造計算をしたのだろうかという事も面白いテーマである。 |